「お酢博士」が語るお酢の魅力とは

お酢研究の第一人者であり「お酢博士」としてテレビなどでもご活躍中の小泉幸道先生に、お酢との出合いやお酢が持つ魅力についてお話を伺いました。

Q1 お酢の研究を始めたきっかけを教えてください。

「私は東京農業大学の出身で、日本で唯一、醸造を勉強する醸造学科でした。卒業研究では『日本酒の火落ち菌に関する研究』を行いましたが、その後、大学を卒業して母校に残った研究室が偶然にも食酢を研究するところだったのです。2018年3月に定年退職するまでの43年間は、主に食酢の研究を行っていました。とても酢適(すてき)な研究生活でしたよ」

Q2 どのような研究を行っていたのですか。

「一つは食酢の不快な香りの解明です。食酢の品質評価を悪くする不快な香りとして、アセトインとジアセチルに注目しました。これらの成分は、乳酸、リンゴ酸、ピルビン酸、クエン酸などの有機酸が共存する場合に多く生成することが解明できたので、これらの有機酸の生成量を減らすために、原料の種類を替えたり発酵期間について研究したりしました。

もう一つは、風土に根ざした壺酢造りです。鹿児島県霧島市福山町に伝わる伝統製法の壺酢は、同一の壺の中で糖化・アルコール発酵・酢酸発酵が行われるという世界に類を見ない発酵法です。伝統製法で行われている壺酢造りを科学的に解明して、低温でも酢酸発酵する酢酸菌を分離し実用化しました。

また、全国各地から依頼された原料によるお酢造りにも取り組みました。麦酢、キャベツ酢、柿酢、梨酢、イチゴ酢、タケノコ酢、ゴマ酢、米酢、壺酢、ペルー原産のカムカムを原料としたカムカム酢、琉球泡盛の酒粕を原料とした純米酢など、さまざまなお酢を造りました」

Q3 お酢に関する取材などを多く受けられている中で、よく聞かれる質問はありますか。

「聞かれることが多いのは、昔から言われている『お酢を飲むと体が柔らかくなるって本当?』という質問ですね。

しかし残念ながら、お酢を飲んでも体は柔らかくなりません。どうやらお酢の主成分である酢酸が魚の骨や卵の殻などのカルシウムを溶かすというところからきているようなのですが、これは調理上のことですから人間の体が柔らかくなることはありません。

それから『お酢を煮立てると健康効果がなくなりそうだけど』という質問もよく受けます。酢酸の沸点は118℃なので、短時間の加熱で酢酸がなくなる心配はありません。

また『お酢を摂りすぎる心配はないのか』ということも聞かれます。料理に使ったり薄めて飲んだりする分には、摂りすぎの心配はまずないといってよいでしょう。普段の食生活の中で、体がおいしいと感じる範囲で楽しんでください」

Q4 小泉先生が好きなお酢料理は何ですか。

「お酢料理で一番好きなのは、週に1回食べるかた焼きそばです。これにむせるほどお酢をかけて汁までいただくというのが、お酢大好きの私がやっていることです。最後の晩餐にはこれをリクエストしたいですね。

他にいつも食べているのは、スティック野菜の甘酢漬け、酢トマト、酢しょうが、酢納豆、酢ミルク、酢オレンジジュース、黒酢はちみつレモン、ドライパイナップル酢などです。それから、酢豚、酢鶏、イカとエビのマリネ、紅白なますもよくいただきます。お酢を使って作る料理というよりは、簡単にお酢が摂れるものが多いかもしれません」

Q5 最後に、小泉先生が感じるお酢の魅力についてお聞かせいただけますか。

「爽快な酸味と芳香を持つお酢は、日本の食文化の形成に大いに貢献してきた調味料です。酸味をつけるための調味料であり、当然酸っぱさがありますが、味わうと発酵食品ならではのうま味があり、他の調味料と組み合わせるとさらに奥深い味わいを生み出します。

私たちはお酢を使いこなすことにより、生まれ持った味覚をより高い次元へと磨いてきました。お酢はそうした歴史ある知的な調味料でもあります。

また、お酢には『疲労回復』『食欲増進』『殺菌・抗菌』など、さまざまなチカラがあることが昔から体験的に知られており、私たちはその恩恵を受けてきました。近年の研究では、こうしたお酢のさまざまな効果が科学的に検証されてきています。

お酢が持つ素晴らしい力の多くは、酸味と香りの主役である『酢酸』にあります。和食にも洋食にも使うことができ、健康効果も期待できるお酢は、今日なお進歩を続けています。アルコールから酢酸をつくってくれる酢酸菌というお酢造りの微生物に感謝しながら、おいしくて健康にも役立つ調味料として、お酢を積極的に活用したいと思います」

撮影/梁瀬 岳志
文/木村 恵理

監修:東京農業大学名誉教授 小泉幸道先生

1973年東京農業大学農学部醸造学科卒業。1997年東京農業大学教授に就任。専門は発酵食品学、醸造学(酢)で、40年以上にわたり食酢の研究を行ってきた。お酢に関する著書、監修書は多数に上り、「お酢博士」としてテレビ等でも活躍中。