Q1 どのようなきっかけで「料理すること」の効用に着目されたのですか。
「大学で調理実習をしていると、学生の表情が講義のときとは全然違うんですよ。コミュニケーションが増えるし、沸き立つように元気になるのを実感していました。でも料理をすることの意義や価値は、研究としては明らかにされていなかったんです。
料理活動を取り入れているグループホームなどの高齢者施設を回って聞き取りをすると、効果を実感している施設がいくつもありました。生活の中で毎日続けていたことなので、長い間料理をしていなくても自然に手が動く方が多く、包丁でけがをするのは高齢者ではなく若いスタッフのほう。
引きこもりだった人が部屋から出てくるようになった、元気のなかった人に笑顔が見られたというような事例も多くありました。そこで『料理療法』と名付けて研究を始めたんです」
Q2 料理のどのようなところが認知症予防につながるのでしょうか。
「料理は作る過程で色や匂いが変わるので五感が刺激されますし、料理することが脳を活性化することも明らかになっています。また料理は作った場面や食べた場面の記憶と深く結びついているので、認知症の方が懐かしいエピソードを思い出してお話しされることもあります。料理の匂いが記憶を引き出すきっかけになっているかもしれません。
車椅子を使用していて普段の生活では立ち上がることがほぼなかった方が、野菜を切ろうとしたときやお米をとごうとしたときに、思わずすっと立ち上がったこともありました。包丁を持つと、危ないものを使うという意識が働いて皆さん集中されますが、その緊張感をクリアしたときの達成感も良いようです。人と一緒に料理をすることでコミュニケーションが増えるというメリットもあります。
出来上がったものを目で見て確認でき、食べるたのしみがあるのも料理ならでは。料理で認知症が治るということまではなかなか無いのですが、このような料理にまつわる事柄(料理をすることによる脳の活性化、昔の記憶を思い出すこと、緊張感と達成感、人とのコミュニケーションなど)が、認知症の進行の緩和や予防に有効な可能性があることを実感しています。
そして今後の課題でもあるのですが、研究的な実証をより進めることで、効果を正しく示していけると考えています。また料理という普段の生活の中にあるものでそのような効果が得られるのであれば、より多くの人にとって身近な方法になるのもよい点だと思っています。料理をたのしみながら、できるだけ元気になってもらいたいですね」
Q3「料理療法」には、どのようにお酢を取り入れていますか。
「作りたい料理を高齢者にたずねると、リクエストが多いのはお寿司です。見た目が華やかなちらし寿司や巻き寿司は特に喜ばれます。お寿司はお祭りや誕生日などによく作ったことのあるメニューなので、作り始める時からもう、ワクワク感があるんですよ。楽しかったころの思い出がよみがえりますし、活躍した時のことを思い出して自信を取り戻す方もいます。
酢の物や酢みそあえなども人気で、高齢の方がさっと作られた一品が本当に上手な味に仕上がっていて驚くこともあります。お酢を使った料理があると、味にメリハリのある献立になっていいですよね」
Q4「料理療法」のポイントを教えてください。
「『料理療法』といっても、難しいことをするわけではありません。普段の食事作りと同様に、無理のない範囲で料理を一緒に作ります。大事にしたいのは、その人のできることに合った『役割があること』です。自分の出番があると、意欲が湧いて生き生きとされるんですよ。作った料理を一緒に食べながら『おいしいね』『作ってくれてありがとう』と伝えると、人の役に立てたという自信にもつながります」
Q5 認知症を予防するために、家庭で実践できることはありますか。
「高齢でできることが少なくなっても、ちょっとしたことでいいので出番を残しておいてもらいたいですね。忙しい家庭でも、買い物とか、後片付けとか、そこだけでもやってもらえると助かるということが何かあると思うんです。大根をおろしたり、ゴマをすったり、盛り付けや味見をしてもらうなど、一部分を手伝ってもらうだけでもいいんですよ。大事なのは、一緒に楽しみたい、笑顔が見たいという気持ちです」
撮影/西平 佳史
取材・文/木村 恵理
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